テッド・チャンの「息吹」を読んだ
さすがに面白かった。
テッド・チャンといえば「あなたの人生の物語」に代表されるような、人間の自由意志とはなにかを問いかけるテーマのものが多いのだが、本書もやはりそういった、人として生きる上での根本問題を深く投げかけてくる作品が多く、非常に考えさせられた。
かといって難解ではなく、非常に平易な言葉で、たとえ話と併行しながら進めてくるのでストンと頭の中に入ってきて、そしてそれが頭の中に入ってきてからひどく存在感を増してじわりじわりと熱を出しているような、そんな読後感がある。
言ってみれば本書自体も神話であり、寓話なのかもしれない。
例えば孔子は
「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」
と言った。
これは自由意志なのだろうか。
自分の心のままに行動しても人道を踏み外す事が無くなったというのは、人道というプログラムに規定された行動しかできなくなったということの裏返しなのではないか。
20代のうちにできなかったことが70代になってできるようになるのは、過去の積み重ねによるもの、つまり、過去の自分が未来の選択を規定しているのではないか。
過去があやふやだった時代は未来の選択は現在の状況に応じて臨機応変に選ぶことができたが、過去が確定してしまうことで選択は余儀ないものにされ、結果的に未来もまた確定してしまう。
AIが最善手を示してくれる時代で、次善手を指す意味はなんだろう。
韓国の囲碁棋士は人間よりもAIが強いことを認め、引退した。
最善手が不可知であっても、確かに最善手が存在して、自分がそれを知らないならば、打てる最前手は唯一、「打たない」ということなのかもしれない。