濃厚すぎる短編集

 普通ショートショートってのは、気軽に読める小品のことなんだけど。

象と耳鳴り

象と耳鳴り

 なんだろうこの『物語感』は。なんでもない空間に、唐突に物語が降ってくる。その不条理さと、一本一本の背後に秘められた繊細すぎるまでの伏線に圧倒されました。何気ない日常の中に潜む犯罪の影。
 特にこの中では『誰かに気いた話』が圧巻。わずか5ページほどの、なんてことはない夫婦の会話の中にこれほどのミステリが隠されているとは! でもこの章だけを読んでここまでの感動は受けないのでしょう。ここまでに至る短編を読んで、関根多佳雄と言う人物に触れてからこその感動だと考えれば、この本はむしろ一本の長編小説だと考えた方が自然なのかもしれない。そうか、むしろミステリが主役というよりも、関根多佳雄という人間を語る本だったのかと気づいたのは後書きを読んだ後でした。これから恩田作品に手を出す人がいたら、必ず「六番目の小夜子」→「象と耳鳴り」の順番で読んで欲しいです。その方が関根家に感情移入できて、感動もひとしおだろうから。
 
 それにしても今まで恩田陸には驚かされっぱなしです。何気なく「ねじの回転」を手に取った時から彼女のつむぎ出す物語の虜になっているのですが、今回も期待を裏切られないものでした。久々の"全部読み"作家になるかもしれません。
 
33/100