第81Q戦争


このうちの「ナンシー」という短編を急に読みたくなって借りてきた一冊。
地球から15億マイルの彼方の深宇宙を探査する軍人は、孤独に耐えきれずに精神が破壊されることが無いよう、脳にウィルスが埋め込まれる。装置を働かせればいつでも”ナンシー”が目覚め、彼は幸せになって生還出来る、というのだが・・・。
はてな年間100冊読書クラブ 252/229)
以下はネタバレ感想なので続きから。
主人公はウィルスの作用によって、自らのアニマが具現化した”ナンシー”の幻覚を見る。自分が狂っていることも、ナンシーなど存在しないと自覚していても、理性ではわかっているのに、全てが理想的な女性の存在を本能が否定できない。
ふたりは幻覚の中で愛しあうが、宇宙船が地球に帰還するとナンシーの存在は消えてしまう。だけど主人公はナンシーの不在を信じることができない。
「君のナンシーはどこに行ったのだね」
と聞かれて宇宙船の中を見に行くが、当然彼女はそこにいない。だけど、「彼女はたまたまここにいないだけなんだ」と思ってしまう。
家に帰っても彼女はいない。2階にいるのかもしれない。2階に行ってもいない。すれちがってしまったのかな。街を歩いていると、隣に歩いているはずの彼女の姿がない。きっとウィンドウショッピングに夢中になって遅れているんだ。
ここらへんのくだりが、山崎まさよしの「one more time,one more chance」っぽくて面白い。男というものは、幻覚を見てなくても同じようなことをしてしまうのだなあ、なんて思ってしまう。

いつでも捜しているよ
どっかに君の姿を
向かいのホーム
路地裏の窓
こんなとこにいるはずもないのに

もともと男性が女性に恋をするときには、その女性自身ではなくて女性に投影したアニマに恋をしているといわれている(byユング)ので、幻覚に恋しているのと元からあまり差がないのかも知れない。
ちなみに、男性はひとりのアニマしか持たないのでいつまでもウジウジと幻影を追い続けるんだけど、女性の持つ理想的な男性像”アニムス”は複数存在しているので、さっさと気持ちを次の相手に切り替えられるらしい。さすがはユング、鋭いね。
  
幸せな思い出が、(たとえ幻覚であっても)理想の女性とのかけがえの無い日々の思い出が彼女の不在を許さないという点でこの物語は悲劇的ではあるんだけど、悲劇とは逆に描かれているところが印象的で記憶に残っていた。

ナンシーの効果とは、永遠の希望への殉教、決して裏切られない約束であり、決して裏切られない約束とは、裏切られることの多い現実よりしばしばマシなものだ。

別れは悲しいけれど、悲しいと思える別れができる相手と出会えるということは、そんな相手と全く会わないで人生を終えることに比べたらずっと素晴らしいことだと教えてくれた作品だったので急に読み返したくなったんだけど、期待通りの読後感に満足しました。