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思いがけずに重厚

モチーフはいつもの森見ワールドなのに、思いがけず重厚かつ暗い雰囲気ですごく良かった。

京都という古都に潜む得体のしれない怪奇をじわじわと描いている。いつものようなのんべんだらりといた学生生活とは一線を画した、京都の裏側の世界。一つひとつの短編を、謎めいた骨董屋を巡る不思議な事件が結びつける。
読み始めてすぐ、普段とは違う語り口に引き込まれた。表題作『きつねのはなし』の冒頭部分を抜粋してみる。

「代金を渡したとき、あなたの手がとても冷たかったのを覚えています」
彼女はいつもそんな風に、少し強張ったような喋り方をした。
「冬でしたからね」と私は言った。
「あれが初めてお弁当を宅配してもらった日だったのですが、それきり宅配を頼むのをやめてしまいました。あの手がとても冷たくて、可哀想でしたから」
そう言って彼女はすまなそうに笑った。

何気ない一文だけど、このなんでもないような一節にものすごい力が込められているように感じた。読んでいて声が聞こえるような感覚もある。星新一ショートショートのこのナレーションのイメージ。

こんな感じで訥々と、焦るでもなく強く主張するでもなく語りかけてくるようなテンポが心地よかった。
 
個人的にはこの重厚路線が好きなんだけど、2006年にこの本を出して以降この作風のものが出ないので、森見登美彦的にはすちゃから学生ものがお好みらしい。まあ、そちらも嫌いではないのだがちょいと残念だ。
はてな年間100冊読書クラブ 210/229)

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