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(前の)職場から呼び出しを受けた

日常

エレベータが下りてくるのを待っていると、ちょうど外勤に出かけるところだった後任者が僕に気づいて声をかけてきた。後任者とはつまり、自分が前に所属していた部署に入れ替わりで配属され、自分がやっていた業務を引き継いだ人間である。
彼は口を開くなりこう言った。

「書類が見当たらない」

聞けば3年ほど前、自分がその業務を担当していた頃にやってきたお客さんの資料が見つからないという。自分も書類の整理に自信がないことにかけては自信があるので、もしかしたら更新済みの古い綴りに混ざっているんじゃないかとか、その時期にやっていたイベントの書類に紛れたんじゃないかとか心当たりを言ってみたけれどそこはもう探したと言い、そのうちにエレベータがやってきたので乗り込もうとすると彼は、

「なんで見つからないんだろうね」

と、吐き捨てるように言った。


――


そして今日、彼の上司、そして自分の元上司から自分に対して呼び出しがかかった。

「あのお客さんが明日やってくることになっているんだが、どうしても見つからないと言って執務室中の書類をひっくり返しているんだが探せないようなんだ。ちょっと来て、探してくれないか」

正直気が進まなかった。何年も前の書類だからその時にしまってそのままになっているし、全部の書類が揃っているかどうかなんて常に確認しているわけじゃない。存在しているかの確証はどこにもない。例えば『無くされた』としても、こちらには抗弁できることが何もないのだ。あっただろうと僕は言う。現に今ここにないと彼は言う。確実なのは、今そこに「ない」事のほうだ。

「中身は全部データに入力しているはずですから、原本がなくてもいいんじゃないんですか? どうせ更新のために来るんですよね」
「いや、原本を見ながら書きたいと言っているので、見つからないと責任問題になるかもしれないんだ」

で、責任を負う人間というのが自分というわけですか。


――


仕方なく元の職場へと向かった。

「失礼します」

声をかけて執務室に入ると、後任者は憔悴しきった顔、元上司は諦めと申し訳無さが入り混じったような笑みを浮かべている。

「悪いね休みの日なのに」
「いいですよ。全然見つかりませんか」
「ああ、他にも何人も書類が無い人がいるようなんだ。心当たりはないか」
「使い終わり次第ファイルに戻しているし、書類をシュレッダにかける時も重要なものでないか確認しているので、紛失したということはないと思います。最悪ほかのファイルに間違って綴ることは考えられますが」
「でもいくら探してもないんだよなあ」
「とりあえずファイルを貸してもらえますか」

そう言って、分厚いパイプファイルを受け取った。

「見つからないのって、羽生さん(仮名)でしたっけ」
「まずはその人だな」

顧客の書類は五十音順に並べてあり、行別に「あ」「い」「う」とインデックスを貼っている。

コクヨ 紙ラベル ラベルプリンター タイトルブレーン2 NS-TB2N

コクヨ 紙ラベル ラベルプリンター タイトルブレーン2 NS-TB2N

インデックスはタイトルブレーンを使って作ったけれど、いまは普通にレーザープリンタで印刷できてしまうので、これを使える人も年々減っているようだ。それはともかく、自分は机にパイプファイルを広げて、インデックスを目当てに羽生さんの書類を探し始めた。

「ありますよ」
「え、ある!?」

後任者が駆け寄ってきたので、彼に書類を見せた。

「はい。普通に」
「なんでだよぉ~」

情けない声を上げたいのはこっちなんですが。一体どこをどう探したらこうなるのか。

「『は』なんだから、『の』の人の次にあるのは普通でしょ」
「だってインデックスがついてないだろ」
「はあ、羽生さんは新しいお客さんで、顧客ファイルを更新した時は『野月(仮名)』と『藤井(仮名)』さんが続きで、ほら、『の』と『ふ』の間に隙間がないでしょ。だから間に突っ込んだんですよ」
「突っ込んだって、お前……」

後任者のことを無視して、上司に聞いた。

「あと見つからないのって『千田(仮名)』さんでしたっけ」
「ああ、ということは……?」
「そうですね、ほら、『田中(仮名)』のあとにありますよ」
「あー」

http://3.bp.blogspot.com/-6PFf8la-86Y/VhHgNzqzl6I/AAAAAAAAy4k/gWKRlqi0ZSM/s800/nagedasu_man.png

こうなるともう自分としてはもはや文句をいう気はなく、

「それじゃ、帰りますね」

と言ってその場を辞退した。元上司は苦笑いをしながら(すまんな)というしぐさをしてみせたが、後任者は下を向いたまま、納得がいかない表情で『羽生さん』の書類を見つめている。

今回の話にオチはない

手書きじゃなくてタイトルブレーンを使うから、いちいち新規で作るのがめんどくさかったんだよね。たとえば『の』の書類の後に『は』があるなんて、誰でも分かることだと思ってインデックスをつけなかった。その結果としてインデックスだけを見て『の』の次は『ふ』しかない! 『は』がない! と大騒ぎする人間が現れてしまった。これはもう全く自分の過失であり、怠慢である。やれやれ。

何かこう、面白いオチやためになる教訓などで締めようと思ったけれど無理だったので、このまま適当に終える。疲れたよ僕は。