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龍馬伝見た

日常

ストーリーは普通かなあ。第1話では土佐藩における上士と下士の違いが露悪的に描かれていたけど、それがいまいちピンと来ない。
ドラマでは時間軸が早いので上士が悪いことばっかりやってるように見えるけど、実際は何年かに1回ぐらい人傷沙汰になってたんだろうな。そのぐらいは現代でも普通にあるだろうな。龍馬の父が雨の日も風邪の日も墓守をしていて大変、という描写があったけど、逆に言うと立ってるだけでお給金がもらえるのなら、やっぱりお百姓さんに比べたら楽だろうし。
下士とはいえ人口上位10%にいる存在で、彼らは300年前に長曾我部氏の家来だった人だということを思うと、いくら虐げられているように見えても特権階級かつ家柄の正しいお方なのだなあと思わざるをえない。
 

シャーロック・ホームズと比べて

シャーロック・ホームズのDVDを見ているんだけど、実はホームズのいた時代と坂本龍馬のいた時代はほとんど同じなんだよね。
ロンドンと土佐の片田舎を比べるつもりはないけれど、「バスカヴィル家の犬」の舞台となった場所と比べても、ものすごいテクノロジーの差がある。鉄道もあれば、ワトスンが毎日ホームズに向けて出せるぐらい手紙が発達している。建物を比べるとキリがない。この技術格差を死に物狂いで追いついていったのかと、違う側面から楽しんでしまった。
 

主役を食う人物

福山さんの演技は良かったと思うけど、なにより岩崎弥太郎がすごくカッコよかったのが印象に残っている。岩崎弥太郎については本宮ひろ志のマンガでしか知らなかったけど、幕末の混乱に乗じて巨財をなした三菱財閥の創始者となる人物の、若く惨めで野望に燃える姿がドラマではとても魅力的に描かれていた。

 

龍馬伝が伝えたいこと

もしかしたらNHKは、
格差の大切さ
を伝えたいのかもしれない、と思ってしまった。
 
格差があったから虐げられている龍馬も弥太郎も、「なにくそ」と思って剣術や学問に励むことができた。福沢諭吉も土佐ではないけれど下士の出だった。彼らがもし上士の家柄だったらどうだろう。それなりに優秀な人物だったかもしれないけど、歴史に名を残す人物になることは無かったろう。
今は格差社会と言われているけど実際はどうだろうか。劇中で描かれていたような苛烈な身分差別もなければ、「なにくそ」根性もない。派遣村のように、上のものに媚びて施しを受ける人間しかいない。熱さも冷たさも無い、まるで熱的死を迎えているような現代社会において、誰が劇中の平井収二郎のように激昂できるだろうか。
 
本当はもっと民衆はハングリーになった方がいいのかもしれない。明治維新の頃のような熱さを取り戻すことと、閉塞された日本の状況を打破することは、もしかしたら同義なのかもしれないなあ。

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