甘さ欠乏症になる本

 ただの英雄譚だと思って読んだら大間違い。普通のファンタジーが生クリームに覆われたショートケーキだとすると、この作品はカカオ90%のチョコレートだった。

傭兵ピエール〈上〉 (集英社文庫)

傭兵ピエール〈上〉 (集英社文庫)

 主人公のピエールは傭兵部隊の隊長。荒くれ者だったピエールが聖女ジャンヌ・ダルクと出会い、心引かれていく物語、とここまで聞くとただの歴史ファンタジーなんだけど、それだけにとどまらないところに魅力がある。
 
 百年戦争末期の荒れ果てた世界は、僕らが「中世ヨーロッパ」と聞いて想像するような華やかさのかけらもない、凄惨さを持っている。そんな百年戦争末期の荒廃した世界を舞台にしているのだから、物語も当然のように痛みやつらさに満ちている。そんな中で全てが救いのない話だけではないのだけど、救いの中に悲しみがあふれていたり、良い結末に思えたにも影があったり、読んでいてなかなか甘い思いをさせてくれない。顔をしかめるほどに苦い上質なチョコレートなんだけど、その奥に甘い味があるんじゃないかという予感にどんどん食べ進めていかざるをえない感じ。
 そういう意味では少し首をひねらされる部分もあったけど、特にラストなんて「普通にもうハッピーエンドで終わらせていいじゃん!」って思うくらいなんだけど、そこまで物語に没入させる力を持っていると思えば確かに傑作。
 司馬良太郎のような清涼さや、吉川栄治のような重厚さとは全く異なる、タフで苦味のある歴史小説でした。