「新感染 ファイナル・エクスプレス」はゾンビで語る朝鮮戦争だった
韓国のゾンビ映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」を見てきました。
新幹線(韓国なので正確にはKTXだけど)の中でゾンビに感染するからって「新感染」というタイトルは頭が悪すぎて、
「どんなB級ホラーじゃい!」
という気持ちでいたんですが、意外と評判が良いので騙されたつもりで見に行ったら、普通に面白かったので騙されてよかったと思いました。でもアホなダジャレタイトルはやめたほうがいいと思う、絶対。
面白いとは言えしょせんはゾンビ映画なので「面白かった」以外の感想は特に無いんですが(ジェットコースターみたいなものだし)、ゾンビ映画の割にしっかりと作られているように思いました。特に良かったのはグロ描写に頼らないところで、もちろんゾンビものなので大量に人が死ぬけれど、直接的に首が飛んだり頭がばらばらになったり腸が引きずり出されたりすることもなく、非常に上品。
ストーリー展開も王道から外れること無く、見ているこちらの気持ちを裏切らないように丁寧に作られていました。悪いやつは惨めに死に、カッコいいやつは英雄的に死ぬ。新幹線という舞台を十二分に生かした展開で、ハラハラ・ドキドキしながら見ることができました。
韓国人は「釜山へ」行けばなんとかなると思っているのではないか
「新感染」というふざけたタイトルの原題はなんなんだろうと思って調べてみたら、「釜山へ」というこれはこれでシンプルすぎて、日本人の心には響かないタイトルでした。配給会社も困っただろうね。「釜山港へ帰れ」かと。
でもたぶん、韓国人にとって「釜山へ」というタイトルには非常にシビれるものがあるんじゃないかな、と思いました。その理由はもちろん朝鮮戦争。北朝鮮の突然の攻勢に首都ソウルはなすすべもなく陥落。南東の釜山に追い込まれてしまうのです。
韓国の領土を捨てて日本への亡命を考える韓国政府にマッカーサーは「朝鮮戦争にダンケルクはない!」という名言を言い放ち(この人は名言だらけだな。名言おじさんか)、徹底抗戦で守りきりました。
この出来事から「ソウルが火の海になっても釜山に逃げ込めばなんとかなる」という気持ちが、韓国人の心に深く刻まれているんじゃないかと思うのです。
さらに面白いのがゾンビが現れた原因の「バイオ団地」。経営が傾きかけたところを、悪のファンドマネージャーである主人公たちが相場を操縦してまで助けてやったと語られます。これってどう考えても、ケソン工業団地のことですよね。
悪いファンドマネージャーたちが「オレたちが助けたバイオ団地のせいで」と言うときに、ケソン工業団地のことを連想しない韓国人はいないであろうな。そりゃヒットする。 / 開城工業団地・金剛山観光「新政府で再開」期待 https://t.co/5LMCLxvG5N
— pikaring (@pikaring) October 16, 2017
ケソン工業団地は韓国と北朝鮮の合弁事業でしたが、国交が悪化したために閉鎖されてしまい、現政権下において再稼働が検討されているところです。そういえば北朝鮮で、口蹄疫で死んだ豚を掘り出して食べたことがニュースになってなかったっけな……。
この連想から、北から(共産主義の)ゾンビたちが攻め入ってきてソウルが陥落する、この映画はまさに、朝鮮戦争をゾンビ映画として語り直したものだったと確信しました。バイオ団地から漏れ出したものはなんだったんだろう。脱北者なのか北朝鮮からの難民なのか。
この頃北朝鮮軍は、不足し始めた兵力を現地から徴集した兵で補い人民義勇軍を組織化し(離散家族発生の一因となった)、再三に渡り大攻勢を繰り広げる。
朝鮮戦争 - Wikipedia
とあり、現地でどんどん増えていったりするのはゾンビ感があります。
そういえば年老いた姉と妹の二人組が、姉はゾンビ、妹は人として扉を隔てて引き離されたのは完全に離散家族をモチーフにしているのでしょうね。凄い。深いわ。
こんな感じに読み解いていけば、特に韓国への造詣が深くない自分でもキリがないほど、朝鮮戦争をモチーフにしたエピソードが散りばめられていることが分かるのでした。韓国の人が見たら(明示的には思わないかもしれないけれど)深層心理に訴えかけてくるものはめちゃめちゃ大きいでしょうね。そりゃヒットしますわ。
そんなわけで、単なるパニックホラーものだと思っていたら存外に大きなテーマを内在していて、結構見ごたえのある映画でした。普通のおすすめです。