2016竜王戦第5局大盤解説会に行ってきました

新幹線開業効果のおかげで、竜王戦の第5局は函館で開催されることになりました\(^o^)/

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竜王戦中継plus: 新函館北斗駅にて

札幌ぐらいなら気合で見に行くところをまさかの地元開催というわけで、これを見に行かない手はありませんよね! というわけでこの日のために取っておいた代休を消化して、平日だと言うのに朝から目一杯観戦してきました。

ここまでの流れ

竜王戦は開催前に将棋界を揺るがすような大事件が起きたりしていましたが*1、始まってしまうとどの対局も熱戦につぐ熱戦で、第4局まで2勝2敗という圧倒的互角でこの第5局を迎えました。ここで勝てば残り2局で1勝すればいいという大一番。函館で竜王戦の趨勢が決まってしまうといっても過言ではない重要な対局なのでした。

戦局は丸山九段の得意戦法である角換わりではなく、横歩取りから渡辺竜王が△8五飛戦法を選びました。通常の横歩取りは8四まで引くのが主流ですが、一段高い8五に置いておくことで攻撃力が高く、相手の桂馬の目標になりやすい位置にあえて留まることで攻撃を誘い出そうという狙いがある、ような気がします(^^;)

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横歩取りは高度すぎてよく分かりませんが、それでも本局は銀が超速のようにグングン繰り出されて攻勢を築き上げることができたので一安心。一瞬の切り合いでどちらかが死ぬ戦型なので、一方的にやられないよう「お前が間違えたら殺す」という体勢を作り上げておくところが大事だと思います。それと8五飛戦法だと、こうやって7四歩を突いた時に飛車の横利きが止まらないところが良いですね。

ここから丸山九段が▲1五歩の毒まんじゅうを見せたり、それに乗らずに飛車を一段目まで引いたところで一日目は終了。

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この局面はまだまだどちらが有利という局面ではないはず。先手は中原囲いに組んで硬いけれど、二枚の銀の両方が前に出ておらず、角もまだ使えていないので攻勢が取れません。一方後手は飛角銀桂の理想的攻撃布陣を築いているものの、玉の守りはバラバラです。

ただ、薄い玉で相手の攻めを見切って細い攻めを繋げることに定評のある渡辺竜王のことだから、むしろこの局面でも互角以上かもしれないと考えるのはさすがに贔屓の引き倒しかな(^^;)

やってきました大盤解説

突然の吹雪にも負けず、10時開場のところを9時30分に待ち合わせて行ってまいりました啄木亭。さすがにこの時間からやってきているのは5,6人しかいませんでしたが、おかげで最前列の特等席をゲット!

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そして解説の一番バッターは、本対局の立会人を務める屋敷伸之九段でした! 忍者屋敷と称されるほどの玄妙な技の使い手にして二枚銀戦法に代表される力強い攻めも有名で、北海道出身の棋士の中でも特別に応援しています。

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封じ手の開封の時は和服でしたが、「立会人の仕事は終わったから」と、ここではスーツでの登壇。

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竜王戦中継plus: 封じ手開封

なにか事件が起きそうな時には「5分で着替えられる」という屋敷九段。立会人を務めるには早着替えの実力も試されるのかもしれません。「先手と後手のどちらを持ちたいか」の質問に「正直どちらも持ちたくないw」と軽妙なトークとともにここまでの流れを振り返ります。

一人千日手

ここで丸山挑戦者の動きに異変が。封じ手の直前に6八に引いた角を、5四歩を見て8六に上がり、さらに7七に戻ってくるという上下運動を見せました。

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これは、なんだ? 丸山九段は一手損角換わりを得意にするだけあって手損を気にしないタイプだけど、これはどちらかというと攻めあぐねているというか、中原囲いに囲うまでは良かったけれど、そこから何を動かしてもバランスが崩れてしまうという手詰まり状態だったのかもしれません。

続いての解説は阿久津主税八段。

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阿久津八段は大の函館ファンとのことで(競馬ファンというのも大きいけど)、プライベートを合わせて5,6回は函館に来ているとのことでした。

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竜王戦中継plus: 阿久津八段と函館を歩く(2)

さすが『東の王子』と称されるほどのイケメン。竜王戦ブログがちょっとしたデート企画になっちゃっているw

この後はここまで聞き手を務めていた久津知子女流二段に代わって、本解説の『親方』こと田村康介七段が登場。

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こうやって見比べると体の厚みがぜんぜん違うw 体積で倍以上ありそうだ。

将棋の方はやはり玉形が良い丸山九段の評判が良く、解説のマッハ田村も先手有利を力強く断言するほど。

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この局面で昼食休憩となり、さらに「次の一手」問題の局面になったのですが、ここは誰が見ても△6五銀の一手です(5五銀や6五桂はタダで取られるだけで終わるけど、6五銀なら手段がたくさんある)。田村親方が「98%6五銀だ」と断言する中、参加者30名中30名が正解という全プレ状態www こんな解説会ありなの!? 参加費たったの1,000円で豪華プレゼント付きだもんなあ。素敵すぎる。

魔手 8六角

6五歩同銀7七桂の銀取りに、後手の渡辺竜王が8六角と飛び出したのが好手でした。

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これを見て昼前まで「先手有利」を断言していた田村七段が、弱々しく「意外と簡単でない」とつぶやいたほど。この狙いは角を追い払う8七歩に、5三角と引いてB面攻撃の2七桂を狙うというもの。

そんなそっぽなところに桂馬を打ってわざわざ香車を狙いに行くなんて迂遠な構想があるのか、と驚きました。しかし現状先手の攻めは薄く、右辺を食いちぎられれば入玉もすんなり決まりそうです。逆に先手は一段目まで引いた飛車が邪魔をして入玉は困難に見えるところ。

これに困った丸山九段は7五歩と突いて角の退路を塞ごうとし、それから8七歩と受けるという凝った手段で打開を図るもすでに形勢は後手に傾いていました。

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しかし現実的にはまだまだ難しいところで、一手でも間違えると先手が勝つ、しかも先手が勝つ変化のほうがずっと多い局面でした。

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田村七段と久津女流が懸命に検討する中で(観戦している我々にしてみたら)突然の幕切れ。△5八竜と入ったところで先手の丸山九段が頭を下げました。

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金無双は固そうに見えて手がつくとあっという間に詰まされてしまう陣形なので、明確な決め手が分からないところでした。詰みだと思って踏み込んだ結果、膨大な変化の中に抜け道があったら一大事で、それもこんな大一番の熱戦の結末がうっかりでは悔やんでも悔みきれないところ。そこで解説の二人が丹念に読んでいたところ、両対局者はあっさりと読み切ってしまうのだから凄い。間違いなくこの瞬間にこの地球上で、最も将棋が強いのはこの二人のどちらかなのだと思わされました。

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熱戦を終えたばかりで湯気が立ち上っているような二人が大盤解説会場に登場! 6八歩成に対して7四角ではなく、下から6一角と打てば3四の地点に効いていて先手玉の詰みが消える変化もあったところでしたが、丸山九段は「後手玉が固すぎて自信がない」とおっしゃられていました。

とにもかくにも終盤までどちらが勝つか全く分からない素晴らしい将棋で、あさの10時から夜の7時までという長丁場も飽きること無く存分に楽しめました。講師陣が次々に交代するので、最後まで元気だったというのも大きいのかもしれないですね。ニコ生だと最終盤に疲れ切ってる場合があるじゃないですかw

田村の親方は早見え早指しでどんどん手が出てくるので、非常に解説会向きだったのも良かったところ。途切れること無くビシビシと指し手を指摘して予想手を当てて絶好調でした。

聞き手の久津女流も、普段はあまり見ない人ですが話の引き出し方も上手いし、上手な女流はとぼけたふりをして簡単な変化(素人には難しい)を聞き出すんですよね。さらに田村七段が読んでないような手を何度も指摘して「天才か……」と呟かせる局面も何度もあったりして、とても楽しい大盤解説会でした。

評価値は無い方がいい

家に帰って棋譜をAperyにかけてみたところ、実際は早い段階で差がつき始めていたようです。本局のポイントである6五歩に対して8六角と出たところですが、この段階で後手が300点ほど良いらしい。

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対局終了後の解説会場でこの局面について渡辺竜王は「6五歩で戦機を掴まれてしまい、そこは失敗だった。そのあとはどう食らいつくかという勝負だった」と言っており、かなり苦戦を意識していたようです。そういう意味では、コンピュータ的に後手有利の数字が出ていたからといって「これ以前に後手が良かった」というのは違うんじゃないかなあ、というのが素朴な感想です。じゃあコンピュータの指し示す手だけが最善で、それを外れた人間が悪いのか、弱いのか。

結局のところコンピュータの評価値なんてものは「コンピュターが指し継いだ場合の有利不利」にしかすぎないので、それがすべて人間の有利不利に当てはまるかと言えば、全然違います。100個ある選択肢の1つだけが正解であとは全部死ぬ場合に「正解があるんだから有利じゃん」といえるかどうか。将棋の面白さとは最善手を選び続けるというところではないとろだと思うんですよね。正しいことが好きならば、円周率の桁数が増えていくのをずっと見続けていればいいわけで。

そう言えば今の子どもは「自分の意見が持てない」傾向にあると言われていて、それは「正解以外は不正解」という教育のせいであり、だけど現実世界では正解がない問題がたくさんある、だから課題解決型学習であるアクティブ・ラーニングが求められているという文脈なんですが、将棋の良いところは「合っているか間違っているか分からないけれど選択する。その責任を自分が負う」というところにあると思っています。ところがそこにコンピュータ将棋の絶対的な評価値が入ってくることで、唯一の正解以外は不正解だという不寛容なものになってしまって、将棋に魅力がスポイルされてしまうように思えるんですよね。

コンピュータ将棋が楽しかったころはまだ不可解な指し手も多くて「むちゃくちゃ強いけど変なところで負ける」ところが魅力で見ていたのですが、現在ではむしろコンピュータの評価値こそが金科玉条であるという風潮になってきてしまっている。そういう楽しみ方とはちょっと相容れないので、評価値が出てしまうニコ生ではなく、人間が人間の力で答えを追い求めようとする姿が見られる大盤解説会に行って本当に良かったと思いました\(^o^)/

大盤解説会でいつも惜しいと思っているところは、物販がないところ。入場料以外にもお金を使わせてくださいよ頼むから。

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前回この扇子が当たったので、今回も記念扇子欲しかったな。色紙は当たっても「大事に保管しておく」以外の選択肢がないので正直こまります(^^;)

打ち上げで適当な将棋を指す

一緒に観に行ったツイッター仲間のユーベさん相手に適当な将棋を指して二連敗するなど。

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どうしてこうなった……。

*1:それについてはいずれ別に書く予定