NO MAN'S SKY 3

遺跡を後にしてしばらく行くと、お目当てのヘリジウムの鉱床を発見した。ビルほどの大きさがあるくせに、マルチツールのビームを受けて簡単に穴が空いてしまう。気体と金属の間の子のような性質を持つこの新元素は他の物質では考えられないほどに軽くて丈夫で、パルスエンジンを作るのには欠かせない素材だ。

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やがてバックパックがいっぱいになったので、そろそろ「どまにし号」に戻ることにした。あまり長時間離れているうちに宇宙船に何かあったら一大事だ。野生の動物やら磁気砂嵐などに壊されるようなヤワなボディをしているわけではないが、知的生命体の痕跡があったということは油断がならない。

パワーアシスト付きの宇宙服は何トンもの試料をやすやすと持ち上げることを可能にしてくれるのだが、それでもパックパックいっぱいまでに重金属を詰め込むと肉体にかかるフィードバックもかなりのものがある。ジェットパックを使って飛んだ一瞬は楽になるが、着地の際に重い体を受け止める両膝へのダメージに耐えかねて、足を引きずるようにしてじわりじわりと赤い砂まみれの斜面をにじり上がった。

もうじき日が沈む。白く輝き突き刺すように眩い光を放つこの星の太陽は地平線の向こうに沈もうとしていて、代わりに全天の四分の一はあろうかという巨大な縞模様の月だか惑星だかが空を支配しようとしていた。こいつが太陽の明かりを反射してくれるおかげで、夜といってもほんの少し薄暗くなった程度にしか感じない。ただし気温はぐっと下がって氷点下30℃近くになった。別にそれで肌寒さを感じるわけではないし、そんなことになったら宇宙服の気密が破れるかホメオスタシスが崩れているわけで、寒いと思う前に死んでしまっている可能性が高い。ただ宇宙服内部の温度を高めるために、生存装置の消費エネルギーが増えてしまったことは気にかかる。まだ残量には余裕があったが、バックパックの中の炭素をチャージしておいた。うっかり気を失っている間に凍死するとか、そんな結末はごめんだ。

宇宙服の中の温度と外気温に差が出るとバイザーが曇り始める。反射的に手の甲で拭ってから、曇っているのはバイザーの内側だということに気づいて一人苦笑をもらした。かといって乾燥させれば目が乾くし、多少の見にくさは仕方がない。足元だけを見ながら斜面を一歩ずつ登り、数時間後にはようやく山の尾根にたどり着いた。行きは洞窟の中を通ったから帰りは山を越えていこうなんて簡単な気持ちで思うんじゃなかった。そう思いながらうんと伸びをして、凝り固まった肩や腰の筋肉をほぐした時だった。

「あれは、なんだ?」

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長いこと一人で暮らしていると、誰に聞かせるわけでもないのに言葉が自然に出てしまうようになる。そうしないといざ母星に帰った時に話をしようとして言葉が出なくなってしまうというのもあるのだが、いや、それよりも、目の前にあるものに度肝を抜かれた。再びバイザーを拭って、曇りをとるために無駄な苦労をしてから手首のところにあるスイッチを操作し、宇宙服の内部の空気を除湿した。これではっきりと見えるようになった。間違いない。あれは、ビーコンのアンテナだ。あの形状は、天然にできたものではありえない。かと言って自分の宇宙船「どまにし号」まではまだ距離がある。自分以外にも誰か、この星に漂着した人間がいるのだろうか。

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さっきまでの疲労がうそのように消え失せて、斜面を駆けてビーコンまでたどり着いたものの、そこには人の気配が全くなかった。なにか足りない資材を探すためにどこかに出かけているのかもしれない。そう思おうとしたがあたりに転がったキャニスターには厚く砂埃が積もっており、いや、この星は砂嵐が多いのかもしれないと思い込もうとしたものの、ビーコンの電源が落ちているのを見て、少なくとも何年も前に遺棄されたものなのだと思い知らされた。

主電源が切られているのか、それともバッテリー切れなのか、操作盤を開けてみたものの全く見当もつかない。描かれた文字は全く知らない言語のものだったし、盲滅法にスイッチらしきものを押してみたけれど全く反応がない。

これはオレが、人間がやっても無駄だ。機械のことは機械に任せようと思い立ち、マルチツールのグリップ部分からワイヤーを伸ばした。先端のグミ状になっている部分を操作盤の下側にある穴に突っ込むと、ワイヤーの先端が速やかに穴の大きさに合うように変形して収まった。USB、つまりユニバーサルスタンダードバスは、銀河系のあらゆる機器に接続できるように作られている。もちろんここが銀河系かどうかは神のみぞ知るわけだが、同じヒューマノイドが作った機械同士なら、ヒューマノイド同士で話し合うよりも理解が早い可能性はある。

「どまにし号」との通信が確立できる距離なので、マルチツール経由でビーコンを宇宙船のコンピュータに繋いで解析させることにした。コンピュータからは電池切れであるとの答えがすぐに返ってきたので、ビーコンの足元を掘ってバッテリーボックスを探し、そこにバックパックからUSBで電源を供給した。主電源が入れば、あとはコンピュータがなんとかしてくれるだろう。オレはビーコンを背もたれに、軽く仮眠を取ることにした。



眠りの中で、この星にやってくる前の経緯がおぼろげに思い出されてきた。そうだ。ヴァイキーンの奴らのせいだ。

ヴァイキーンは逞ましい体格で巨大な牙を持つヒューマノイド。資源採掘の旅を終えて宇宙港に戻ってきたオレは、奴らの屋敷に招かれて賭けをしたんだった。いま思えば全員がグルになってオレをハメようとしていたことは丸わかりだが、安酒の酔いも手伝って、等比級数的に上がっていく掛け金とそれに反比例して失われるクレジットに目がくらんでしまっていた。オレの財布の中が空っぽになったとわかるとあいつらは、今度は「どまにし号」を賭けろと言ってきた。オレは渋ったがその勝負に勝てば今までの負けをチャラにしてやるという甘い言葉にまんまと乗せられて全てを失うことになり、明け渡しのためにドックに連れて行かれて積荷を全て持ち出された時になってようやく合成酒の酔いから醒めてその重大さに気づくという有様だった。

宇宙船の認証キーはすでに奴らに奪われていたものの、用心のために右の靴の底に予備の認証キーを隠しておいたのが役に立った。さらにこいつを起動すると、元のキーが役立たずになるというオマケ付きだ。オレの両脇を抱えていたヴァイキーンの一人が大あくびをして、それを見ていたもう一人もつられてあくびをした一瞬の隙を見逃さなかった。宇宙ネズミもかくやというスピードでオレは駆け出して宇宙船の陰に隠れると、右足の踵を地面に一回左足のかかとに二回叩きつけて「どまにし号」のコントロールを取り戻し、ハッチを開けて操縦席に踊りこんだ。

追いかけてきた奴らをジェットエンジンの噴射で吹き飛ばし、着陸する機体があるという管制室からの警告を無視してオレはスロットルを全開にして宇宙港を飛び出した。

すぐにヴァイキーンの機体が追いかけてきた。オレはハイパースペースに逃げ込むつもりだったが、奴らは巧みに位置を変えて進路を塞ぎ、他の星系に逃げ出す余裕を与えなかった。

ワープ航法はとにかくハイパースペースに入ればいいというものじゃない。速度と角度を厳密に計算しないで当て推量で飛び込んだならば、 どこへ現れるか分かったもんじゃない。運が良ければあたり数パーセクにわたって何もない、星系と星系の隙間のボイドと呼ばれる真っ暗な空間に飛び出ることになる。航路が確立されていない場所から元に戻るのためには下手すれば数ヶ月から1年もかかるだろうが、

それはまだ良い方だ。宇宙空間のほとんどは何の物質も存在しない空っぽが支配しているのだから確率的には何もない空間に飛び出すほうが正しいように思えるが、実際のところワープ航法の出口は重力の歪みに捉えられて、恒星のすぐそばに現れることが多い。そもそもこの航法が恒星間航行に使われる理由が恒星の近くに現れることなのだから、失敗して太陽のど真ん中に飛び出して一瞬のうちに蒸発したって自業自得なわけだ。ヴァイキーンの奴らの狙いはそれで、恒星に突っ込んで溶けて死ぬか投降するかの二択を迫ってきているわけだ。

だがオレは奴らに逆らってその後結局捕まってしまった人間の末路を何人も見ている。そいつらは捕まって生き延びるぐらいなら捕まる前に死んだ方がマシだったという後悔の目でオレを見ていた。両手両足を額に改造され、生ける絵画となってヴァイキーンの邸宅に飾られる余生だけは、ごめんだ。

だからオレは恒星に向かってスロットルを全開にしてハイパースペースドライブを作動させた。フライトコンピュータはディスプレイを真っ赤にして警告してくるが、そんなもの知ったこっちゃない。手動操作に切り替えて速度を最大限に上げる。それに気づいたヴァイキーンどもの宇宙船が雨あられとプラズマ弾を撃ち込んでくるが、あと数秒の辛抱だ。

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残り4秒、撃ち込まれる攻撃で船体が大きく揺れ、オレの体は座席から浮き上がった。急いで飛び出したせいでシートベルトをつけ忘れていた。

残り3秒、コクピットの外の星空が、点から線に変わり始めた。もう間もなくだ。あと少し耐えてくれ。

残り2秒、攻撃が当たる衝撃が止まった。今や「どまにし号」はプラズマ弾よりも早く宇宙を駆けている。

残り1秒、その代わりに目の前の恒星が見る見る巨大になっていき、視界の全てが光で覆われた。恒星の表面に激突するのが早いかハイパースペースに突入するのが早いか、全ては賭けだ。

全身が燃えるように熱くなり、激しい音と光の中でオレは意識を失って、気がついた時にはこの星にたどり着いていたのだった。

どれだけウトウトと微睡んでいたのだろう。気がつくとバイザーには「解析完了」の表示が出ていた。どんな存在がこの機械を使ってそいつがその後どうなったかは知る由もないが、とにかくこのビーコンをビーコンとして使えるようにはなった。ハイパードライブ通信ではない他の技術によるものなので原理的に理解できたわけではないが、とりあえず起動させるとビーコンは電波を発信し、それを受けた他のアンテナが反射的に自分の位置を返してよこした。バイザーに表示された座標を見て、オレの背筋にゾクゾクとした電流が流れた。

この星にはまだ動いている機械がある。つまり、生きている人間が存在している可能性もある。そのことを期待半分、いや、期待が一割で不安が九割に受け止めた。何せまったく未知の星に住むこれまで人類が出会ったこともない生命体だ。言葉が通じるかはもちろん、出会い頭に撃ち殺される危険だって当然あるだろう。

これからはより一層注意深くなる必要があるな。そう思いながら立ち上がり、「どまにし号」に向かって歩き始めた。休憩を挟んだおかげで体は楽になったものの、未知の生物との遭遇を控えて足取りはビーコンにたどり着く前よりもさらに重くなっていた。