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「君の名は。」で新海誠の物語は完結した

日常

新海誠については代表作「秒速5センチメートル」から一貫して、『綺麗すぎる理想を持った童貞がその志に殉じて童貞を貫き通す話』という感想を持っているので今月26日に公開された「君の名は。」も、まあきっとそんなもんだべ、いま急いでみなくたってレンタルで借りて映像の美しさに感心しつつストーリーは流し見すれば足りるかな、と思っていたのだが、テレビCMを見てしまったのが運の尽き、これは劇場の大スクリーンで見ないと本当の良さがスポイルされてしまうのではないかという危機感を抱いたため、公開3日目にしてようやく重い腰を上げて見に行くことにしたのだった。

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君の名は。」は、市内に2つある映画館のうち大型のシネマコンプレックスではなく、そちらでは扱われないおおむねマイナー系の映画を中心に上映している小さな方の映画館で公開されていた。

その映画館で「ぼくのエリ 200歳の少女」と竹内結子が出てくる方の「はやぶさ/HAYABUSA」を観に行ったのだがどちらの時もガラガラで、「オデッセイ」の時は少し混んでいたかな。それでも全体的に古く煤けていて、旧共産圏で官僚の方々が「資本主義の国には映画という娯楽があるというので我が国にも作るべし」と言って作ったような簡素で殺伐な映画館で、そこにたどりついた時にも待合室はほぼ無人だった。

チケットを買うと裏面に整理番号をナンバリングされるのだが、その番号は60番代で、「ははあ、今日一日で4回上映してこんなもんか」と思いつつ、上映開始の19時45分まではまだ40分近くあったので周囲をぶらついて30分ほど時間を潰し、再び映画館に戻ってきた時にはなんと、人、人、人。祭りと見まごうばかりの人の群れでで映画館の外がうめつくされていた。

もとより総観客数71名を誇る映画館が満員になる場合に、椅子が10脚もないような待合室で観客をまかないきれるわけもなく、映画館の外にまで行列が伸びていたのだった。はたして60番代というのはその回の整理番号であり、どうやらかろうじて入場できたらしい。その後も続々と新規の客がやってきては、満員だからと断られて驚いた顔をしていた。驚くのも当然だ。自分だって驚いている。大手の劇場で公開されないマイナー扱い、そして実写映画ではなくアニメーション、それになんといっても、見に来ている人は新海誠を知ってるの!?

ほとんどの客が若いカップルか、女性同士の二人組、あとは友達グループで見に来ており、サメのような目をした暗い顔の童貞度が高そうなオタク連中の存在は極わずかだった。一体何が起こったのか。これは、革命か。

【ネタバレあり】感想

閑話休題

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そんな戸惑いのまま見始めた映画は、全体的な感想としてすごく良かった。本当にすごく良かった。これまで新海誠を見てきて感じてきたモヤモヤが一気に晴れて、清々しい気持ちになった。そう、そうなんだよ! こういうベタでゲロ甘い展開を、照れないできっちり書き上げないとダメなんだよ!!!

ネタバレありの感想は「続きから」。


秒速5センチメートル」で主人公は最後の一歩を踏み出せずに清く正しい心を持ったまま、砂を噛むような人生を歩み続ける覚悟をして終わる。厳密にはそういう終わりではないかもしれないけれど感じ方としてはそうだ。山崎まさよしが「いつでも探しているよ どっかに君の姿を」と歌う。探し続けるけれど、見つけたからといって何かするわけではない。そこに配慮がある。相手に迷惑をかけてはいけないという美しい配慮だ。

前前前世 (movie ver.)

前前前世 (movie ver.)

それに比べるとRADWIMPSの前前前世は、同じように彼女のことを探してはいるけれど力強さが圧倒的に違っていて、ああ、この映画は「秒速」のアンサーになっているんだなと思った。生活の中で目だけを動かして探すんじゃなくて、走ってでも岩の下をめくってでも見つけてやるんだという強い意志。

本作でもラスト、ようやく出会った名前も顔も知らない、だけど自分の運命の相手に対して、目を伏せ、うつむいて、悲しい顔で通りすぎてしまおうとする。それはもう本当にうんざりで、分かるよ、分かる、リアリティね、だけどここまで頑張って積み上げてきたこと、努力してきたこと、みんなが協力してくれたことを「知らない人に声をかけて恥をかきたくないから」というだけのことで全部をオシャカにしてしまおうとするところがこの監督の大っ嫌いなところだったんだけど、今作ではついに、ようやく、はじめて一歩を踏み出した。良かった……。

そりゃ現実では、見たことも会ったこともない初めて会う女の子に、「君は自分にとって運命の女の子なんだよ」と伝えることは荒唐無稽な話だし、本当に自分がそう感じたとしても、口に出した途端にそれは安っぽいものになってしまう。そしてその子からは薄汚いナンパ野郎を見るような蔑んだ目つきで睨まれるだろう。

カンガルー日和 (講談社文庫)

カンガルー日和 (講談社文庫)

村上春樹の短編集「カンガルー日和」収録の「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」でも、主人公は100パーセントの女の子に出会いながらも君何も言えず、言いたい気持ちをぐっと飲み込んで都会の雑踏に溶け込んでしまうわけだし、それでも、自分もこの短編は好きだけど、やっぱり踏み込んでもらいたい。そんな照れくさいセリフを言わないほうがリアリテイなんだとも思うんだけど、せめて映画という娯楽の中だけでもきちんと決着をつけてもらいたかった。だからようやく、今作でいままでの作品における辛い思いがすべて昇華されたな、と感じた。そしてその恥ずかしさを最大限に軽くするため、そして思いを凝縮させたセリフが、タイトルにもなっている、

君の名は。

なんだなと、ラストシーンを見て感じた。この短いセリフにすべての思いと感情を込めて、二人の間だけに伝わることが奇跡なんだな、と感じた。

本当のところはどうかわからないけれど、「好きな女の子の命を守ったこと」に満足して結局出会わずに終わってしまう結末だって考えられたけれど、苦渋を飲んで大団円を迎えたことで、商業的にも大成功したんじゃないかな、と思う。もう同人映像作家じゃないんだからね。そーゆー意味で、製作委員会方式だから成功したとも言える。

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結末以外についても、当然のように映像美は最高で、舞台となった糸守町の美しさは素晴らしいし、その風景自体が物語の結末に大きく関わっているところに感心した。

なんといっても主人公二人、瀧と三葉の「入れ替わり」がコメディチックに描かれていて楽しめた。特に関心したのが初日に瀧が三葉の体の中に入った日のことを、周りの人からの回想という形で聞かされるだけになっているところ。最初は混乱や焦りやなんやかんやがあっただろうけれどそれを説明しだすと色々と面倒くさいので、そこをはしょって短く簡明にした点は上手いと感じた。伏線も丁寧に回収されていて隙がない。

これまでの作品で感じていた「会いたいと思えば会えるのに会いに行かない」ことについても、「君の名は。」ではきちんとしたトリックが用意されていて、それ自体を物語の核心に置いたことでこの作品が輝いた気がする。会いたくても絶対に会えなくて、魂の結びつきだけがそれを可能にするというのは、ベタに甘いし設定厨的にはリアリティがないと吠えるところなんだろうけど、そこに物語における必要性があるのならご都合主義なんて気にしないでいいと思うんだよね。

そんなわけで、「君の名は。」は物語にも映像にも隙がないし、笑って泣いて感動できて、健全にお色気もあるし、見終わった時には隣りに座っている人のことを映画館に入る前よりも好きになれて、デートムービーとして観に行くには最適な映画だと感じた。

そして一番良かったのは、これで新海誠を安心して見られるようになるなということ。今回も、結局応援したって最後はこいつ諦めちゃうんでしょ、と思って最後まで引いた気持ちで見てしまったのが悔やまれる。次の作品はきっと、まっさらな気持ちで見ることができると思う。