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NO MAN'S SKY 1

その日の朝の目覚めは最悪だった。どこか遠くで騒がしく鳴り響く目覚まし時計のベルのせいで、まだ夢の世界を旅していたい精神は強引に現実世界に引き戻され、さらにその途中でこめかみのあたりがズキズキと痛むことに気付かされて、睡眠と覚醒の狭間を楽しむ余裕もなくオレの儚い睡眠は無残にも打ち切られた。

この状況は、安っぽい合成酒(リカー)をさらに安くお客様に提供すべく場末のバーのマスターがしこたま混ぜ物をぶちこんだ色水を、夜が明けるまでにバケツ一杯ほど飲み干した後の寝起きに感じる痛みによく似ている。当然喉は乾ききっていて、それを潤すだけの唾液も出ないぐらいに干からびて、

「み、水、」

と声にもならない声を発した瞬間、唇にノズルが差し込まれ、ぬるく鉄臭い液体が流し込まれた。

驚いた拍子に気管に入った水にむせながら、助けを求めて伸ばした両手がつかんだものは、長い旅を終えて手にした小金で安酒を飲み歩いて意識を失う直前に転がり込む宇宙港の外れにある小汚いホテルの中でも最安の部屋にあるおんぼろベッドの手すりではなく、手に馴染むように皮できつく巻かれた操縦桿、サイドスティックとスラストレバーだった。握りなれたその感触にようやく目を開けてあたりを見回せば、そこは自分が人生でこれまで最も長く過ごした場所、「どまにし号」の操縦席の中だった。

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なぜ自分がこんなところにいるのか見当もつかない。いつの間に宇宙船に乗ったのかを思い出そうとするも、ズキズキという痛みに思考を妨げられる。顔をしかめながら痛む箇所に手をやると、乾いて髪の毛にこびりついた血がバラバラとこぼれ落ちた。痛みの原因は二日酔いではなく、全身を操縦席の中でミキサーにかけられたことが原因らしい。天井のどこかに頭の皮膚を引っ掛けたに違いない。

とりあえず目覚まし時計、ではなく、フライトコンピュータのスイッチを叩いて警告音を停止させ、ディスプレイに表示されたメッセージを流し読むと、機体のいたるところに警報が出ていることが分かった。分かったと言っても果たしてどんな状態なのか分かっていないことが分かっただけのことなので、機体の損傷の状態がどれほどのものか自分の目で実際に確認すべく、オレは号の外に出てみることにした。ハッチオープンのスイッチを入れると、自動で宇宙服のバイザーが引き上がり、一瞬遅れて操縦席内の空気が排出され、それからプシューッという音を立ててハッチが開いた。

頭だけでなく全身が打撲だらけで、関節をひとつ伸ばそうとするだけで軋む体を引きずりあげるようにして操縦席から這い出すと、機体の周囲には色とりどりの草むらと、背の低い灌木が生い茂っているのが見えた。オレたち人類の祖先が住んでいたという地球という星の風景も、こんな感じだったと古い映画(ビジョン)が言っていたっけな。もちろんこの惑星が地球であるはずもなく人類が住めるわけもなく、もしもバイザーを開いて外の空気を胸いっぱいに吸い込んだなら、次の瞬間には酸で肺を焼かれて死ぬか酸欠で窒息するか、もしくはその両方の死因で死ぬかのどれかを選ぶことになるだろう。

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宇宙船から転がり落ちるようにして地面にたどり着いて、機体によりかかりながら一周して機体の損害の状況を確かめた。表面には丸く焼け焦げた跡がいくつもあって、どれも前からではなく後ろ側からついた傷であることが分かった。これはバリアーなしに小惑星帯に突っ込んだりしたのではなく、誰か追跡者に背後からこっぴどく撃ち込まれた結果だろう。

「くそっ、ひでぇ有様だ」

エンジン周りの損傷が特に激しく、タンクに穴が空いて燃料が全て漏れだしてしまっているのが確認できた。だがまあ、これでよく生き延びられたもんだ。オレもまだまだツイている。ほっと安堵の息を漏らして、救援を呼ぶべく墜落時に船外に放り出された遭難キットに搭載されたアンテナのゲインを最大にしたところで、安心するにはまだ早かったことに気づかされた。

「まいったな。未知の星系か」

ハイパードライブ通信を開いてもまったく反応がない。ということはこの惑星はおろか、ここから数千光年以内の範囲に人類の、いや、銀河連邦とつながりがある異星人の痕跡すらもないということだ。その結果に思わず舌打ちが出た。10回か100回か、何度ジャンプを繰り返せば元の世界にたどり着けるだろうか。

もっとも、この宇宙船には原子転換炉が積んであるので大気を無害なものに変換することはもちろん、この星の有機物を分解して人間の体で消化できるように加工すれば、味さえ我慢すれば何年でも何十年でも、誰かが救難信号をキャッチしてくれるまで生き延びることはできるだろう。

だが、オレはマルチツールを右手に構え、内蔵されたスキャナを起動した。いつやって来るかも分からぬ助けを待ち続けて、その甲斐もなく朽ち果てて死ぬ未来のことを考えたら、どうにかして「どまにし号」を修理して、結果的に宇宙で野垂れ死ぬほうが性に合っている。まずはこいつを修理するための素材を集めなければ。

すぐスキャナが反応し、近くにある鉱物反応を指し示した。スキャナに従って歩みを進めると、やがて深い洞窟がぽっかりと口を開けているのが見えた。

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さて、鬼が出るか蛇が出るか。無事に資材を回収して戻ってくることができるだろうか。しかしまあ、来るか来ないか分からない助けを待ち続けて死ぬよりは、見たこともないバケモノに食い殺される方が人生としては面白いだろう。ここまで生きてきて常にオレは「面白いかどうか」を基準に物事を決めてきた。最後までそれに殉じたって、悪くあるまい。オレはジェットパックに点火して宙に舞い上がり、そのまま洞窟の中へと突っ込んだ。

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