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ネット選挙ってそんなに重要?

前から気になってるんですけど、選挙運動にインターネットを利用することってそんなに意味があることなんでしょうかね?
例えば。
twitterやらメルマガやらでネット界からの注目度の高い逢坂誠二衆議院議員なんですけど、この前の選挙で彼に投票した人のうちtwitterのフォロワーだったりメルマガの受信者だったりする人はほとんどいない。
人口比で考えてみよう。我らが北海道8区の投票者総数は約27万人。このうち17万人が逢坂氏に投票した。一方、日本全国の投票者総数は7,000万人。単純に計算すれば、0.2%の有権者が彼に投票したことになる(意外とすげえな)。これを逢坂氏のフォロワー数13,000人にかけ算してみると、その数、わずか26人に過ぎない。
 
有利な条件も不利な条件も切り捨ててるんで細かいツッコミはかんべんしてもらうとしても、真相はこれに近いはず。あれだけ精力的に情報を発信しても、得票につながるかといえば、誤差に等しい程度にしかならない。
 

インターネットがローカルでの情報発信に向かない理由(1)

インターネットが便利な理由というのは、家にいながらにして世界中の情報を手にいれることができるというのが大きくて、ローカルな事を知りたいときには案外役に立たない。腕の良い歯医者はどことか、安くておいしい居酒屋はとか、そういうのはgoogleで検索するより知り合いに聞いた方がよっぽど精度がいい情報が手に入る。
選挙も同じで、誰に投票しようか迷うなら、直接選挙事務所に行ったり電話をして話を聞くのが一番早い。そういう時間がないとか、直接話をするのは嫌だとか、そんなワガママのために法律を帰る必要ってあるのかな? という疑問がある。
 

インターネットがローカルでの情報発信に向かない理由(2)

もう一つは、ネットで情報を得るには受け取る側に「攻めの姿勢」が無ければならないということ。情報を得るためにはまず、その上方がネットにあることを知っていなければならないし、さらには正しい情報を得るために検索したりリンクを探したりしなければならない。そういうのって、一般の人にはかなりめんどくさい作業だ。
自分も会社のHPからイベントのお知らせを発信したりしているけど、本当にアクセス数が少ない。このブログの5%にも満たない。Google Analiticsの画面を開く度に泣きそうになるくらい。その情報を欲しいという人はいても、それを検索してやってこようとする人はほとんどいない。
選挙期間中に候補者の情報を素人すると現状では選挙公報があるけど、こちらは”勝手に家に届く”のが大きい。「ポストに入っている→ああ選挙か→見る」という流れになる。受身で情報を得られる点は、ネットに比べて大きなアドバンテージだ。
能動的に動かなければ情報を得られないとなれば、国民の選挙に対する関心は低まるばかりだろう。
 

ネット選挙運動ってそんなに重要?

実際に投票してくれる人が数十人だからと言って、逢坂氏の行動が無意味だとはもちろん思わない。自分が今どういう活動をし、何を考えているか。そのような情報を万人に届くところに公表するのは、政治への関心を深める意味で非常に重要だと思う。
ここでちょっと考えて欲しいことは、ネット選挙運動がダメと言われているけど今は自由に情報発信しているよね? ということ。そう、公職選挙法でダメと言われているのは選挙運動期間中のことだけなんだよね。
この点については池田信夫氏も、

そもそも「ネット選挙の解禁」とはどういう意味か。候補者についての情報をネットで流すという意味なら、とっくにネット選挙は解禁されている。「炎上」や「なりすまし」が心配だというが、ブログでも2ちゃんねるでも、候補者のスキャンダルや中傷は大量に流されている。地方選挙では候補者が選挙期間中にブログを更新したケースもあるし、自民党は選挙期間中に、堂々と鳩山由紀夫氏を攻撃するビデオをネットで流した。
池田信夫 blog : ネット選挙はすでに「解禁」されている

と述べている。
衆議院の任期は4年だから(ゲンミツには2.7年に一回ぐらい選挙しているけど)、4年間のうち2週間だけ我慢すればいい。残りの3年と50週間を何の啓発も無しに過ごしてきて、さあ選挙だとなった時だけ頑張るっておかしくないですか?
 

誰のためのネット選挙運動解禁?

現行法上でも、選挙期間以外の99%の期間*1は自由にネットを使って情報発信できるわけで、1%の期間だけを持ち出して公選法がおかしい!というのは変な話だ。普段から政治に興味を持っていれば、おのずから誰に投票しようか決めていそうなものなのに、なぜこれほどまでネット選挙運動の解禁が求められているのだろうか。
そう考えていたら面白い記事を見つけた。

ブックマークコメントなどで既に何人もの人が指摘しているが、竹原市長を「ブログ市長」と呼ぶのはやめて欲しい。政治家がブログで情報をガンガン発信し始めたら相対的に価値の下がってしまうマスコミが、ブログにネガティブなイメージを与えようとして、わざと「ブログ市長」と呼んでいるんじゃないか。
阿久根市の竹原信一市長を「ブログ市長」と呼ぶのはやめて欲しい - NATROMの日記

これは冗談だけど、ここでチェス盤をひっくり返してみよう。
 
もし本気でネット選挙をやろうとしたら、総務省でサーバーを用意したり候補者が選挙用のHPを依頼したり、IT関係でかなりの受注が発生することが予想できる。選挙となればお金に糸目をつけないわけだからかなりのお金が動くわけだよね。そして、ネット選挙を求める人は当然インターネットに縁がある人が多い。つまり、
ネット選挙運動解禁は、IT技術者たちが特需を狙うための方便に過ぎなかったのだ!
な、なんだってー(AA略
 

まとめ

ネット選挙は、巷で言われているような画期的な効果は無いと自分は考えている。インターネットの網の目は地方選挙や小選挙区選挙を捉えるには粗すぎるし、比例代表においては政党のHPは自由に更新されているため、ほとんど制約がない。
選挙カーがうるさいと言うけれど、あれだって強制されてやっているわけじゃない。効果があるからやっているだけであって、「うるさい人には投票しない」が多数派になれば誰もやらなくなるのは自明の理。ネット選挙が解禁されたからって無くなるわけじゃないんだ。
ポスターも街宣もいらない、ネットだけあればいいなんて、かなりヒキニートっぽい発想だなあと思う。それを”若い人のため”って言っちゃうのもどうかと。っていうか、若者の投票率が低いのって「選挙に関心が無いから」だけじゃないからね!
 
実効性が無いにも関わらずこれだけ騒がれているのは、特需狙いは言い過ぎだけどインターネットのリアルな社会に対する影響力を増やそうとする狙いがあるんだろう。人間、一文の得にならないことで動くものではないですからねえ。

*1:208週のうちできないのは2週だけなので、99%は誇張じゃない