公立はこだて未来大学開学10年記念講演会 羽生善治「情報社会における将棋の未来」〜後編〜
昨日に続き、はこだて未来大学で開催された羽生名人の講演会のまとめを書いていきます。
後半は羽生名人と電気通信大学の伊藤教授との対談形式になりました。伊藤教授は「先を読む頭脳」の共著者で、ゲームをする人が熟達化する際の脳の働きなどを研究しているそうです。最近ではコンピュータ将棋に合議制を取り入れたことで有名ですね。
対談はスクリーンに盤面を映しながら行われました。まずは先日行われた王座戦第3局から。この対局は自分も注目してみていたので、羽生名人本人から対局の感想を聞けるとあって興奮しました(笑)
王座戦第3局 羽生名人VS山崎七段
局面を進ませながら、伊藤教授が羽生名人に質問をしていきます。
タイトル戦に望むときの心構えは?
- 同じ人と何局も指すので、前の局のイメージを引き継いでいる
- 1戦ごと、なるべく違う戦形をとって戦いたいと思っている
山崎流を真っ正面から受け止めたが?
- (先程も言ったが)相手の得意戦法を避けることは長期的に見て不利になると考えており、こういう場合に変化球を投げるようなことはしない
(ここで盤面は羽生名人の40手目△3三銀を映す)
(▲2三歩と打たれて自分から銀を桂馬の効きに出すという一見すごい手だが)
- このあたりは(コメントにある通り)研究会では出ていた
- 山崎七段がこれを予想していたかどうかはわからない
- 関東と関西では情報に隔たりがある
- 一昔前ならこういう手を指すと破門されていた(笑)
(ここから▲8五飛△4四銀▲6五桂△2九飛▲1六歩と進み以下の局面)
- 4四銀から予想の範囲外
- 40手目から45手目▲1六歩のあたりが勝負どころ
この局面で何手先ぐらいまで読んでいる?
- (指折り数えながら)9手先あたりの局面を考えていた
9手先に実際にその通りになることはあるか?
- 考えてはいるが、ひとつの局面に3手の候補があっても9手先には3の9乗になり、思い通りになることは少ない
- あくまで可能性の一つとしてなぞっていくので、本譜の順は一瞬思い浮かんだだけ
清水上アマVS激指
続いて2008年11月に行われた清水上アマとコンピュータ将棋との対局。清水上アマはプロを何度も破っており、実力的にはプロ四段と遜色が無いものを持っているとの説明。序盤は後手の清水上アマが有利に進めます。桂損ですが先手の大駒の働きを押さえ込んで優勢に。
ところがこの場面から一気に差を詰めて激指が勝利する。
- ▲8六桂がすごい手
- コンピュータは理論的な手を指してくるようなイメージがあるが、実際は勝負師のような手を指してくる
GPS将棋VS激指
次は2009年5月に行われたコンピュータ将棋同士の対局。
- コンピュータ将棋が進化したと思うのは、一カ所ではなく盤面全体で戦いが起こるようになってきたこと
ここでちょっと雑談
羽生「そういえばGPSを開発している東大の研究所はどうぶつ将棋を解析されたそうですね」
伊藤「そうなんですよ。プロの方も研究していたようですが、一週間くらいで解析してしまったそうです」
羽生「大人げないねえ(笑)」
伊藤「ほんと、身も蓋もありません(笑)」
徐々に時間がなくなってきたのでここから駆け足ペースになっていきました。うう、もっと時間があれば・・・。
実際に手に持って駒を動かすことの意味は?
ネット将棋の弊害は無いか?
- ネットで将棋を憶える人も多く、駒を実際に並べることができない子もいる
- そういう小学生が実際に将棋を指すと「生将棋は楽しい」と言う。僕らは将棋とネット将棋と言うが、彼らにとっては生将棋と将棋ということらしい(笑)
プロから見たコンピュータ将棋
- 指し方が意外と野性的
- 論理的に見えないところが強みだと思う
プロとコンピュータ将棋がフェアに戦うためには?
- 二日制だと夜の間ずっと考えていられるコンピュータが有利かもしれない
- ただ、持ち時間は多めの方が出来不出来のばらつきがなくなるので良いと思う
質疑応答
対談はここで終わり、来場者からの質疑応答にうつりました。質問をしたのは3名だったのですが、そのうちの一人が自分ですので(笑)自分がした質問と回答だけを紹介します。*1
最近の将棋を見ていると、どんどん新手が現れては対策が打たれ、いずれ新しい手が無くなってしまうのではないかと閉塞感を感じることがあります。今後将棋のルールを変える必要があると思うでしょうか?
- 歴史の中でたくさんのゲームがあったが、面白いものだけが残ってきた
- 将棋も400年の歴史の中でルールが変わり、バランスが取られてきた
- どうぶつ将棋は新しいルールだがすぐに解析されてしまった(笑)
- (細かい部分では変える余地はあると思うが)下手にルールを変えない方が面白いものが残せると思う
自分としては最近の将棋の流れが”焼畑農業的ではないか”と感じていたので聞いてみました。チェスもコンピュータに負けたとはいえ変わらず指し続けられているので答えは予想通りでしたが、個人的には講演の内容を盛り込んだ良い質問ではなかったかなと思ってます(笑)
終わりに
以上で講演会は終了。終わってみると「早っ!」と思ったのですが、前回に比べたら質問の時間がほとんど無かったうえ終了時刻も遅かったので、前回に増して充実した講演内容だったのだと思いました。
いろんなところで講演をされているためだと思いますが、以前にも増して羽生名人のお話は聞きやすく、また、内容も突き詰められているのが印象的でした。自分の考えを他人に整理して話すことで、より自分の考えが煮詰められるようなサイクルをたどっているのかもしれません。
特に今回の講演で感銘を受けたのが、
相手の得意戦法を避けていては、100局200局と指していくうちに絶対に不利になる
という、名人の勝負哲学を力強く語っていたことでした。その他の語る内容がすべて理性的である中、この言葉だけが(こういっては語弊がありますが)根拠がない、その代わりに名人自身の「そうであれかし」という願望、そして「そうであろう」とする決意が秘められていると感じました。
将棋には一つの局面に何通りの手もあって、お互いの同意がなければ思い通りにはなりません。だから自然に相手の技を拒否できる手順もあるのですが、そこをあえて踏み込み、相手の得意な局面に持ち込んで戦わなければ”ならない”という宣言に衝撃を受けました。
その一方で「プロ棋士として自分の信念を貫き通すやり方もある」と、言外に加藤一二三九段のことを語っていたのが面白かったです。
羽生名人が加藤九段について語るときの楽しそうな表情を見ていると、プロ棋士としてのもう一つの可能性として、愚直に一つの戦法を掘り下げていく加藤九段のことを思っているような気がします。*2
以前の講演会で羽生名人は「将棋に闘争心は不要」と語っていましたが、今回の話と合わせて考えると「勝つために変化球のような手を指すのはいけない」ということを考えているのかもしれません。
そういう意味で羽生名人は加藤九段のことを、勝敗を度外視した部分で将棋の奥深さを突き詰めている同志だと感じているような気がしました。