横顔を眺むるの術

([も]3-1)恋文の技術 (ポプラ文庫)

([も]3-1)恋文の技術 (ポプラ文庫)

誰かに対して書いた手紙を通じて、1人の人間に内包されるいろんな人格、仮面のようなものを描き出すという試みが面白かった。人は誰でも自分以外の誰かにとっては後輩だったり、家庭教師の先生だったり、兄だったりしていて、そのそれぞれに対して別々の側面でもって対応している。それがあるとき、別々の側面を見ている人同士が一同に会してしまったとしたら当人に取ってみればかなり恥ずかしいことだ。そんな”恥”を書かせたら森見登美彦はやっぱりうまい。
主人公にすごく共感できた部分は、憧れの伊吹さんと(その他大勢と)美術館に行ったことを思い出すシーン。美術館がすばらしいのは、彼女が何かを真剣になってみている姿を、誰にも邪魔されずにじっくりとおがめるところだという。わかるな〜。
茂木健一郎によると、人間がもっともドーパミンを出す瞬間は他人と目が合った瞬間だという。だけどそれは刺激が強すぎる。”もっとも”では興奮の度合いが高すぎる。しみじみと(いいな〜)と和むためには、むしろ「こちらを見ない」という保証の方が大事であって、そのためにも愛しのあの娘にはどこかを注視してもらいたいのであるのですよ。
ただし、その視線の先に他の男性がいてはならないのであって、そういう意味でも美術館というチョイスは絶妙であった。男心がよく分かっている作家だ。
 
はてな年間100冊読書クラブ 207/229)