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知ってる人には常識

読書

星新一の「生活維持省」と「イキガミ」が似てるっていう話、連載が始まったときからそう思ってたので今更感がものすごい。

星新一好きだけど、パクリというかオマージュでしょ、と思っていた。よくも悪くもショートショートはわずか何百文字かでストーリーが終わってしまう。物語は死んでしまう。だからそれを読み終わって、終わらせたくない、もっと膨らませたい、と思って続きを思い描くのは全然不自然なことじゃない。
だから星新一の娘が「お前ぱくっただろ!」と言って糾弾するのはお門違いだと思ってた。ああ、この人は創作活動なんてしたことがないんだろうな、と。
だけど何? 作者も編集者も小学館の誰一人として『ボッコちゃん』読んだことが無いって、それはおかしいだろ。言い訳にしてもピントがズレているというか・・・。と思ったけど、そんなに読まれていないものなのか、星新一。自分的にはのべ1億人ぐらいの人が読んでいる印象があった。ある種の通過儀礼のように、本が好きな人はみなが通る道だと思っていたのだけど、どうやら違うようだ。
 
周りが常識だと言っていても、知らない人的には知らないことが当然なのだから知らないからといって非常識じゃない!、という主張は筋が通っているように見えて微妙に恥ずかしい。知らないことを堂々といばるようになったらダメだろう、と思う。
 
 

クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Sky (中公文庫)

クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Sky (中公文庫)

これで5作目。『僕』は一体誰だろうか。

草薙水素

これは無い。今作では『僕』は男性だろう。第一フーコが一緒に逃げようとは思わないだろうし、相良も草薙氏にはキスをしないだろう。だけど甲斐の「それにしても、どうして、こんなに回復できた?」のセリフは、撃ち殺された(はずの)草薙が生きていたともとることができるし、エピローグでの杣中の会話は、本編とエピローグの『僕』が必ずしも同一人物では無いということを意味してはいないか。
ただし、http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2007/06/post_1229.phpを読むとスカイ・クロラの前の話であると明言されているので、まず間違いなく草薙氏ではないと判断できる。

栗田仁郎(後の函南優一)

普通に考えるとこれ。栗田だった人間が、過去を失って後に函南へと姿を変える。栗田が草薙に「撃ち殺される」シーンは何度も出てくるし、科学者の女を撃ち殺すことも、スカイ・クロラの序盤ときれいに接続される。
杣中が『僕』を草薙氏に似てるといい、指揮官になった草薙氏のことを別人だというのも、キルドレである『僕』の中に昔の草薙氏の純粋さが見て取れることと、キルドレでなくなった草薙氏が変わってしまったことを単に言っているだけかもしれない。
だけどもしそうだとしたら、これ以前のストーリーで登場する函南は一体何者なのだろうか。生まれる前から存在していた・・・?

140/200