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永遠の乙女のように

録画していた『情熱大陸』見ました。桜庭一樹の回。
作品を読んで感じていた作者像とぴったりで、見ていてドキドキしていまいました。なんというか、永遠の文学少女というか、世間とは一線を隔した世界に住む穢れない乙女のような存在でした。
 
番組中、ここは賛否が分かれるところだと思うのですが、執筆中のところを撮影するところが印象的でした。人がいては集中できないからと一度は断るのだけど、無人カメラなら、と了承します。
ところが、それでもカメラが気になって一行も書き進むことができない。書けないことで次第にイライラしてくる桜庭の姿が、まるで小動物のようですごく可愛い(笑) 作家と言うよりも、小説を書く新種の生き物のようだ。ナレーションの「悪いことをした」というセリフも、大自然の生き物に余計な手を出してしまったことを悔いるようで、良い。
 
生活の全てを、書くために費やしている彼女は、まるで食事をするように本を読み、息をするように本を書き、そのような体になるように自らを純化しているように思えました。
自分の書きたいものを書いて、発表したい。そういう思いがあっても、実力が無ければ否定される悲しさ。それを乗り越えるために自らを純粋な物書きマシーンへと変貌させていった様子が、番組を見ていて伝わってきます。
 
それにしても『私の男』について、桜庭自身の体験と重ね合わせようとする人間がいたのにはあきれ果ててしまった。空想と現実がごっちゃになっているのは、子供ではなくこういう頭が悪いマスコミの人間なんだよな、と思います。
 
ふと、これで直木賞を獲れていなかったらどんな放送になっていたのかと思いました。以前佐藤康光の回を見たときは、竜王戦に負けたところでバッサリと切られてしまっていて、なんだかやるせない気持ちになったことを思い出したのです。
ファンである自分からすれば賞を取った取らないで全く価値を減ずることはありません。文芸賞(に限らず○○賞)というのは、むしろその作者を知らない人のために存在しているのだと気づかされました。
 
 
次は3月8日放送のトップランナーですね。今回のとあわせて、永久保存版にするつもりです。