自書式投票をやめることで発生する10のデメリット

こんな記事を読んで久々に選挙マニアの血が騒ぎました。

go2senkyo.com

内容としては極めて穏健に記号式投票のデメリットが語られているんですが、タイトルにつられて見当違いのブックマークコメントが色々とついているのを読んでムカッとしたので、記号式投票及び電子投票にした時に生まれる10のデメリットについて書きなぐってみます。

1 記号式投票用紙は期日前投票不在者投票で使えない

立候補者は公示日(告示日)に決まり、期日前投票はその翌日から始まります。ということは、投票用紙にあらかじめ立候補者の名前を印刷しておく必要がある記号式投票用紙は期日前投票が始まるタイミングには間に合いません。

そのため、現に記号式投票を行っている市区町村では、期日前投票期間中は自書式、投票日当日は記号式と、2種類の投票用紙を使い分けています。記号式投票の検討が行われた90年代ならいざしらす、近年は20%以上の有権者期日前投票を利用しており、今後さらに増えていくと記号式を導入するメリットは薄まっていきます。

また、自書式のデメリットとして「字を書くことが難しい人は記号式のほうが楽」とも言われていますが、老人ホームや病院では投票所に行かなくても入院・入所している施設で不在者投票ができますが、こちらも同様の理由で自書式投票用紙しか使うことができません。

なお、例外的に最高裁判所裁判官国民審査は(最近の法改正によって)期日前投票初日から記号式投票ができるようになっていますが、これは審査にかけられる裁判官が、「最高裁判所裁判官となって最初の衆議院議員総選挙」または「国民審査にかけられて10年を経過した裁判官」となっているため、告示日以前から対象者が絞られているからです。為念。

ちなみに、

先進国では日本だけ。誤字や書き間違えも起こるのに、なぜ「自分で名前を書いて」投票するのか | 日本最大の選挙・政治情報サイトの選挙ドットコム

裁判官の国民審査は選挙のときにいっしょに行われるけど、これは名前が書かれていて丸をつける方式だったような。

2018/05/16 06:21
b.hatena.ne.jp

○を書くと無効投票になってしまうので注意しましょう。

2 記号式投票は誤字にうるさい

件の記事のタイトルだけ読むと「誤字や書き間違えも起こる」ことが自書式の最大のデメリットのように書かれていますが、事実は逆です。自書式は誤字に優しい。

例えば候補者が、

の2名ならば、「山田一朗」ぐらいはもちろん「山田一男」あたりなら余裕で「山田一郎」の有効投票になりえます。また、開票所によりますが、基本的に「山野一郎」レベルなら「山田一郎」の有効投票となる可能性が濃い。

混記無効といって「山田花子」や「山野一子」のように完全に混ざってしまった場合には無効となりますが、名前の4文字中3文字まで合っていれば有効になるという判例があります。

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どちらとも取れる場合、一票を割るっていうのもなんかなぁ。

2018/05/16 09:50
b.hatena.ne.jp

だからこれは嘘。按分されるのは例えば「佐藤」さんが二人出ていて投票用紙に「佐藤」としか書かれていない場合だけで、曖昧だからという理由では按分されません。

ところが記号式投票の場合は判断基準が非常に厳しく、前述した通り最高裁判所裁判官国民審査では、罷免させたい裁判官の「×を記入する欄」に×を記入する必要があります。ということは、×以外の記号があった場合には無効、×を書く欄以外に書いた場合には無効、と、極めて機械的な判断になってしまうわけです。

つまり、あたかも「誤字や書き間違いが発生すること」が自書式の最大のデメリットのように読めるのですが、実際は全く逆。自書式であれば容認されるような些細なミスでも、記号式では許されないことが多いのです。

3 記号式にするのが困難な選挙

衆議院議員総選挙首長選挙ならば候補者の数が限定されますが、議会議員選挙は立候補者が50名以上となることもありますし、参議院比例代表選出議員選挙では150以上の個人または政党の名前のうちから一つを選ぶことになります。

参議院選挙の投票に行ったことがある人なら分かりますが、投票記載台にはA3よりも大きな紙がばばーんと貼られていて、すでに投票先を決めていた自分でもその圧倒的な数に圧倒されてしまいました。諸外国にはB3サイズの記号式投票用紙なんてものもありますが、そこから探すよりは自分で候補者名を書くほうがよっぽど楽なんでなんでないのかな。

4 開票の手間が増える

期日前投票がある以上すべてを記号式投票用紙に統一できないので、開票所では2系統に分けて作業を行うことになり、効率が悪くなります。

さらに、記号式だと開票作業が楽だと言われていますが、現行で導入済みの首長選挙は立候補者はせいぜい数名なので、「誰に○がついているか」を見分けるのと、「誰の名前が書いてあるか」を見分ける難易度はさほど変わりません。もし議会議員選挙に導入して50人の名前のどこに○があるのかを調べると考えたら、結構めんどくさいんじゃないでしょうか。

5 記号式投票だとOCRに対応できない?

自書式は判別に時間がかかることがデメリットとしてあげられていますが、一定規模以上の自治体ではすでに自動読取分類機を導入しており、機械で読み取れなかったもののみ手作業で判別することになります。なので意外と手間はかからない。

小さな自治体ではすべて手作業で分類作業を行う場合もありますが、それでも最優先で読取分類機を導入する選挙があります。それが最高裁判所裁判官国民審査

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記号式投票だから開票が早くなるんじゃない? というのは間違いで、「記号式だと集計が大変だから」機械を優先的に導入しているというのが現実だったりします。人間はパターン認識は得意でも「×がついているのは3列目か4列目か」みたいな厳密な判断は不得意ですからね。

また、50人とか150人が書かれるような特大の投票用紙を読み取る機械が存在していないため、新たにそんな機械が開発されるまでは手作業で集計する必要があります。

手作業でも難しい、機械でも難しいとなったら、今よりもむしろ開票の手間がかかったり、ミスが増えるのではないかと思います。

6 電子投票はコストがヤバイ

後半はみんな大好き電子投票をディスっていきますw

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記号式がダメなら投票用紙なんて使わず、電子投票に切り替えたらどうかという議論になると思うのですが、日本では電子投票をやる業者が絶滅してしまったんですよね~。夢のテクノロジーなのに、なぞか。

国政選挙で使えないというのも原因の一つですが、やはり大きいのが「ミスが発生したときの取り返しのつかなさ」、これに尽きるのではないでしょうか。紙や鉛筆や箱にはトラブルが発生しないし、何かあってもいくらでも替えがきく。しかし電子機器は必ず壊れるし、壊れたときのサポート機器や人員をどれだけ揃えても投票日の限られた時間の中でサポートするには万全とはいえず、割に合わないのです。

7 電子投票は口でいうほど簡単じゃない

でも現代の技術をもってすれば専用機械でなくても、例えばタブレットにソフトを入れて「投票もできる、そう、iPadならね」みたいなことも不可能ではないはずです。

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電子投票ってなんで専用端末用意すんの? タブレットでいいだろ。日本全国統一してやれよアホ

2018/05/16 05:04
b.hatena.ne.jp

そうですね。では、次の国政選挙からタブレットと投票ソフト「i-Vote(仮)」を使うこととして、調達コストを考えてみます。

例えば、タブレットを使って投票をするための時間を1人あたり1分とします。投票日は午前7時から午後8時までの13時間営業ですが、常に混んでいるわけではないのでざっと10時間とすると、一台のタブレットが1日に処理できる人数は600人となります。

有権者数はだいたい1億人で、投票率が60%で、当日に投票する人が80%だとすると投票所を訪れる人は4800万人。これを600で割ると日本全国で必要なタブレットは8万台となります。予備機を含めて5割増しで12万台としておきますか。

タブレットが1台5万円とすると、12万台で60億円になります。さらに周辺機器や保守費用を含めたらその倍で120億円にはなるんじゃないかな。ちなみに1回の国政選挙にかかる費用は600億円なので、電子にするだけで20%も経費が増える計算になります。で、紙を止めたから削られるコストは微々たるもの。

さらに機械は一回買えばいいというものではなく、いずれは壊れます。コンピュータの減価償却は4年だったかな。だとすると衆議院議員総選挙の度に買い直す必要が……!?

8 スマホで投票は本人確認ができないから厳しい

国がタブレットを用意するんじゃなくて、個人のスマホから「ピッ」と投票しちゃうのはどうかという話はずいぶん昔から聞きますが、どうやっても本人確認ができないから不可能だと思います。

現代でも、老人ホームなどで施設長が勝手に投票用紙に代筆したりという事件が起こっていますが、スマホでできるならもっと簡単に不正が可能になる。身寄りのないお年寄りのところに親身になって話を聞いてくれる某政党の回し者がスマホを持っていって現れて勝手に投票させたりだとか、やりたい放題になるわけです。

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なので、たとえマイナンバーカードがあろうとも指紋認証があろうとも、投票所(期日前投票所)以外の場所で投票できるようにはならないんでないかなあ、と思っています。スマホ投票で本当に喜ぶのは一部政党関係者だけなんでないのかな~。

9 記号式投票や電子投票に合わせた抜本的な法改正が必要

ここまで述べてきたのはあくまで、”現行の法制度”での話。仮に公職選挙法をガラリと変えてしまえばできなくはありません。例えば投票用紙の印刷が間に合わないというのなら(昔の国民審査のように)公示日(告示日)から一週間後とかに期日前投票を始めるようにすればいい。けれど、そうすると候補者が決まっているのに投票できない機関があるのはどうなんだという人もいれば、無駄に選挙期間が増えることでかかる経費も跳ね上がります(立候補者の選挙運動費用の一部は公費で負担される)。

そこまでするだけのメリットが、果たして記号式投票を導入することで得られるのかな、と考えると微妙なので、日本で自書式投票が無くなることはないだろうと思います。現行の投票制度が、自書式投票に合わせて出来上がった制度だとも言えるので。

また、アメリカや韓国では電子投票が成功していますが、アメリカでは選挙の前に有権者登録が必要ですし、韓国では国民総背番号制がによって全有権者がデータベース化されているおかげだったりします。マイナンバーの導入で四苦八苦しているような国では難しいだろうなあ、と思っています。

10 本当に記号式投票はわかりやすいのか?

基本的にあの記事に賛同している人の多くは「だから日本はクソ」という論調が多いのですが、諸外国の投票制度は記号式投票だから簡単、とはとても思えないものがあります。

例えばイタリアでは投票したい政党を選ぶだけで良い記号式投票ですが、投票の結果は「最大得票の政党が55%の議席を取り、残りの議席を野党が比例配分する」という謎のシステム。

ドイツでは一人3票持っていて、一人の候補者に3票入れたり3人の候補者に1票ずつ入れたりできて集計が大変。

フランスは記号式ですらなく、投票所には候補者1人について1枚の投票用紙があり、有権者はそれを全部取って1枚を封筒に入れて投函するシステム。

そして複雑さの最たるものがオーストラリア。

withnews.jp

こーゆーのを見ると、単に「一人一票」で物事が決まる日本式の投票制度って、非常にシンプルでわかりやすいんじゃないのかな、と思います。欧米だから優れているとか、日本だから劣っているとかそーゆーことはなくて、それぞれの国の為政者たちの党利党略によって独自に進化しているのが投票制度であって、それを「自書式」か「記号式」かで断ずるのはいささか乱暴すぎるのではないかと感じます。

actin.hatenablog.com

まあ、こーゆーキャッチーな話題でも選挙について関心が集まるのであれば悪くないと思いますが、ほかの先進国も結構やべえよ、というのも合わせて論じなければ片手落ちではないのかな、と思いました。

ちょっと面白かったコメント

先進国では日本だけ。誤字や書き間違えも起こるのに、なぜ「自分で名前を書いて」投票するのか | 日本最大の選挙・政治情報サイトの選挙ドットコム

もちろん書かれてる問題はあるけれど海外は先進国だって文字の読み書きが出来ない人がいっぱいいるから。識字率がほぼ100%な日本だから出来る投票方式ってのもある

2018/05/16 14:34
b.hatena.ne.jp
識字率が低かったら記号式投票用紙に書かれた文字も読めないのでは……?

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それにしてもこの「先進国では日本だけ」っていう言い方が嫌いだわ。その理屈なら軍隊を持ってないのも先進国では日本だけとも言えるし

2018/05/16 10:07
b.hatena.ne.jp
それな。核兵器を持っていない国は日本だけ!

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消しゴムで消せるし便利なんだろ

2018/05/16 08:43
b.hatena.ne.jp
ちなみに鉛筆で書かせる理由は次回の選挙でも鉛筆が使えるからという理由がナンバーワン。インクだと乾くから買い直さないといけないし、インクが付いて他の用紙を汚したり、折った時に判読不能になったりしてデメリットが大きい。